私服を制服にする話

私服の制服化は合理的です。 着るものに迷って、時間を浪費した挙句 『その服ダサくね?』 などと言われる日々を送ってきた。おむすびころりんちょだ。 自分に似合う服なんてわからなかったし、わからないまま死んでいくのだろう。 『衣替え』という文化すら理解できなかった。 思えば、一昔前などはロリータファッションにも手を出し、 夏と冬になると東京に行き10万円ほど服を買い込んでいた。 純粋に好きだから着ているという感覚だ。他人からどう見られるなんてどうでもいい。 否定も肯定もされない場所でひっそりと着ていた。オシャレという思い出は埋まったから、もう制服で良いのだ。 人間は何かを『決定』するだけでエネルギーを使う。食材を選んで『決定』する。晩御飯を選んで『決定』する。全てに疲れていた。 疲れ切った私は社会に決定させられることを体が拒み、化粧を決めていざ外へ出ようとするも玄関でよく倒れていた。 体重は36kgまで落ちていた。

決定していくことに、30歳の私は心も体ももうクタクタだった。