今週のお題「感謝したいこと」
コロナ禍で過度な片付けを食らった
うちの猫、メスも去勢手術が終わりました。猫の子宮は2個あるんですね…
シールが無ければ盲人の私は死んでいた
「ぷくぷくシール」と言って膨らみのあるシールがありました。(当時のブログよりシールを貼ったiPad)
それは1シート400円くらいするもので私にとっては高級品でした。漫画一冊分だぞ!
ハート、星、クローバーと半透明のものを集めました。
ネイルシール程小さくなく、かつ適度な大きさでiPadに凹凸を出すために使っていたものでした。
当時、音声で文字入力はできたのですが内容を送信するには「ツイートボタン」を押す必要がありました。
「Twitterアイコン起動」→「ツイートボタン」→「マイクボタン」→「ツイート送信ボタン」というTwitterでつぶやくこと一連の動作をできるようにしていたのです。
晴眼者は「ツイート」のパネルを触ればいいのですが、私は目が見えなかったのでパネルもただの板でしかなく物理的に「Twitterのアイコンを押す」必要がありました。
でこぼこのあるシールはツイートボタンを可視化させるために必要でした。
目が見えるようになった今でも可視化することは割と大切にしておりまして
私は同じメーカーの製品を何個も買ったりするのです。
USBメモリーなんかも容量が128GBだったり256GBだったりしますが、形が全て同じで表面に印字してある(128GB)しかヒントがありません。
これを手で触るだけで判るようにしてくれたのがぷくぷくシールでした。
半透明のものと、ザラ付きのあるものはめちゃくちゃ助かったんですよね。
これを私が熱弁を奮って説明しても理解出来る人は少数なのかもしれません。
みんな、当たり前に目が見えるし…
私が「膨らみのあるシールを探して買ってきて欲しい」と母に頼んだ時
母はマイタックシールを買ってきたので(説明しても画像見せても実物見せても"膨らみが重要"であることが本気でわからないんだ…)となりましたね。
時は2020年、コロナ禍になり自粛期間を経て
母はシールを全て捨てました。
カゴの中の札束状態で掴みやすいそれを全て捨てたみたいです。ああ…
最初に聞くのではなく、後から文句が出るたびに母は弁償代として千円を払い、どんどん捨てていくようでした。
事後報告制度。
1000円なんか要らないよ!シールを返してよ!
酷い時期はあの父でさえひとつひとつに「捨てるな」とマジックで書いていました…。
日常に疑問を持つという習慣が無い
シールの大切さを母親に伝えても「だってもう使わないじゃん」の一点張り。(使わないのは母であり、使っているのは私なのだが…)
たしかに、母親が買ってきたマイタックを使うことはなかったのです。
マイタックは書類の邪魔をしないようにむしろ膨らみ要素はゼロに近く、色置きには良いので青眼者向きなんでしょうね。
点字ブロックには何故凹凸があるのか?という疑問を持つところからスタートしなければなりません。
点字ブロックだってもうチャリ駐輪してあるし使わないから汚れたら捨てるね逆ギレして1000円渡して捨ててそう。
日常的に疑問が発生しない、思考放棄している生き方はこの世を生きることに向いているかもしれませんね。
本当に宗教のカモだな…
『飼ってた犬や猫が死んだくらいで…』
ただの愚痴日記ですが理解者がいない状態というものがこんなに精神状態を揺るがせるとは。「あっこれシール貼ればいいじゃん!」と思いついた時にシールがないので脳が停止してしまいます。
何かしよう→捨てられてる→フリーズする
このループから抜け出せずにいます。
最悪なのが文具店で買っていたため、製品名、商品名も不明ですし、お店も潰れて無くなってるし、お店閉まってるし、一切のヒントもなくネットで検索するばかり。
- ぷくぷくシール
- デコレーションシール
- シール 膨らみ 半透明
などでググっています…誰か助けてくれ…
シールが無くなって、猫が死んだ時と同じくらいのショックをうけるなんて私自身も思っていなかったので(マジでなに?)シールが手元にない今が本当に苦しいです。
シールを分けて保存しておかなかったことが悔やまれるし、使うからこそ母から見える位置に置いていたことが敗因です。(本当になぜ自分が理解できないものを捨てるのか…)
「ペットが死んだくらいで…」とバカにする人間と
「シールを捨てたくらいで…」が同等になる日がくるとは…。
コスメと文房具は廃盤との戦い
私はその戦いに敗れた落武者です。ころしてくれ